健康情報を「知る」から「行動する」へ~遺伝的リスクの可視化と、行動変容を促すラストワンマイル~
健康診断の結果や生活習慣病に関する情報を伝えても、なかなか具体的な行動につながらない――。
健康保険組合をはじめ、保健事業に携わる多くの方が、このような課題を感じているのではないでしょうか。
先日開催されたホワイトヘルスケア株式会社が開催したウェビナー「行動変容 ラストワンマイル」において、当社(㈱Zene)、パナソニック健康保険組合 松下記念病院、ホワイトヘルスケア株式会社の3者が登壇しました。
当社からは、遺伝的な健康リスクを知る意義と、法人向けゲノム解析サービス「Zene360」の活用について紹介。続いて、ゲノム解析結果の開示が生活習慣に与える影響や、保健事業の案内を実際の行動につなげるためのコミュニケーション設計について、それぞれの立場から解説しました。
本記事では、ウェビナーの主な内容をご紹介します。
遺伝子から、自分の潜在的な健康リスクを知る
最初のパートでは、当社が「遺伝子から知る自分の潜在リスク」をテーマに、遺伝的な体質を知る意義と「Zene360」の特徴について紹介しました。
病気の発症には、食事、運動、喫煙、飲酒などの生活習慣や環境要因に加え、生まれ持った遺伝的要因も関係しています。
ただし、遺伝的なリスクが高いからといって、必ずその病気を発症するわけではありません。多くの生活習慣病やがんは、複数の遺伝的要因と、日々の生活習慣や環境が重なって発症すると考えられています。
当社では、ゲノム解析の意義を、
「変えられないリスクを知り、変えられるリスクに向き合う」
ことだと考えています。
生まれ持った遺伝的な体質そのものを変えることはできません。しかし、自分が注意すべき疾患をあらかじめ知ることで、健診の受診や食生活の見直し、運動習慣の改善など、変えることのできる要因に早くから取り組めます。
遺伝的リスクを知ることは、将来の病気を必要以上に恐れるためではなく、予防行動を始めるきっかけをつくるためのものです。
法人向けゲノム解析サービス「Zene360」
Zene360は、だ液を用いて遺伝的な体質を解析する、法人向けのゲノム解析サービスです。
ウェビナー開催時点では、以下の9疾患を解析対象として紹介しました。
- 2型糖尿病
- 心疾患
- 脳梗塞
- 肺がん
- 大腸がん
- 乳がん
- 前立腺がん
- 認知症
- 高血圧症
いずれも、生活習慣の改善や健診、検診などを通じて、予防や早期発見につなげることが期待される疾患です。
また、講演では膵臓がんについても、年度内のリリースを予定していることを紹介しました。⇐削除?
Zene360は、医療機関で診断を目的として行われる遺伝学的検査ではありません。健康づくりや予防行動に活用する、ヘルスケア領域の遺伝子検査です。
多数の遺伝的要因を組み合わせてリスクを評価
生活習慣病や多くのがんは、一つの遺伝子だけで発症が決まるものではありません。
Zene360では、多数の遺伝的な違いを網羅的に調べ、それぞれの影響度を加味してスコア化する「ポリジェニックリスクスコア」を用いています。
解析結果は、各疾患について、日本人1,000人の中でどの程度の順位に位置するかという相対的な形で表示されます。
単にリスクの高低を伝えるだけではなく、疾患の概要や予防対策もあわせて提示することで、結果を具体的な健康行動へつなげることを目指しています。
健康保険組合での活用例としては、特定保健指導の対象者や30歳代の若年層など、特に行動変容を促したい層へ案内するケースがあります。
一方で、加入者全体のヘルスリテラシー向上を目的として、対象を限定せずに提供するケースもあります。
ただし、検査結果を一度返却するだけで、必ず行動が変わるとは限りません。
事前の説明会、結果返却後のフォロー、保健師による保健指導など、検査を受けた方との接点を継続的に設け、結果への理解を深めることが重要です。

肥満だけでは捉えられない、潜在的な健康リスク
続いて、パナソニック健康保険組合 松下記念病院 糖尿病・内分泌内科 部長の橋本善隆先生が、「生活習慣病と予防のための行動変容」をテーマに講演しました。
肥満は、高血圧、糖尿病、脂質異常症などを引き起こし、心疾患、脳卒中、腎不全などにつながる重要なリスク要因です。
講演では、BMI25以上の肥満がある人は、そうでない人に比べて年間医療費が増加することや、糖尿病を発症した肥満者でも、体重を5%以上減らすことで改善につながる可能性が紹介されました。
一方で、外見やBMIだけでは把握しにくい健康リスクもあります。
太っていなくても注意が必要な「やせメタボ」
橋本先生が取り上げたのが、肥満には該当しないものの、血糖、血圧、脂質などに異常がある、いわゆる「やせメタボ」です。
現在の特定保健指導では、腹囲やBMIが対象者を選定する重要な基準になっています。
そのため、体重は標準範囲であっても、代謝異常を抱えている人が十分な介入の対象にならない可能性があります。
講演で紹介された研究では、肥満も代謝異常もない人を基準とした場合、10年後の糖尿病発症リスクは次のように示されました。
- 肥満で代謝異常がない人:2.6倍
- 非肥満で代謝異常がある人:5.4倍
- 肥満で代謝異常がある人:8.9倍
太っているかどうかだけでは、健康リスクを十分に把握できないことが分かります。
これまでの健診結果や生活習慣に加え、遺伝的な体質を把握することで、従来の基準だけでは見つけにくかった潜在的なリスク層へ、早い段階からアプローチできる可能性があります。
ゲノム解析結果を知ると、行動は変わるのか
橋本先生からは、Zene360を用いて実施された探索的ランダム化比較試験の結果も紹介されました。
研究では、ゲノム解析を希望した参加者を、解析結果を開示するグループと、開示しないグループに分け、12週間後の歩数、食事、体組成の変化を比較しました。
結果を開示したグループには、2型糖尿病、心疾患、脳梗塞の遺伝的リスクに加え、食事や運動、飲酒などに関する体質情報も提示しました。
その結果、開示群では、1日の歩数が約829歩増加し、脂肪摂取量が1日当たり約2.7g減少しました。年齢や性別、開始時点の数値などを調整した群間比較でも、開示群では歩数の増加と脂肪摂取量の減少が確認されました。
一方、体重、骨格筋量、体脂肪量などの体組成には、明確な差は確認されませんでした。
研究期間が12週間と比較的短く、歩数や食事の変化が体組成に表れるまでには、さらに時間が必要だった可能性があります。
また、行動の変化が長期間継続するのか、心疾患や脳血管疾患などの発症予防につながるのかについては、今後さらなる検証が必要です。
それでも、ゲノム解析結果を本人に伝えることが、歩く、食生活を見直すといった行動を始めるきっかけになり得ることが示されました。

正しい情報を伝えるだけでは、人は動かない
最後のパートでは、ホワイトヘルスケア株式会社の田嶋雄生氏が、「行動変容を促すポイントとは」をテーマに講演しました。
健康保険組合では、健診、保健指導、重症化予防、適正服薬、禁煙支援など、さまざまな保健事業が行われています。
しかし、課題を分析し、目標を設定して適切な施策を実施しても、参加率や受診率などの成果がなかなか改善しない場合があります。
その理由の一つとして挙げられたのが、対象者の行動変容が起きていないことです。
講演では、薬物乱用防止の啓発やピンクリボン運動などを例に、情報やキャンペーンが広く認知されていても、それだけで実際の行動につながるとは限らないことが説明されました。
つまり、啓発と行動変容は必ずしも同じではないということです。
情報があふれる現在では、ただ正しい情報を発信するだけでなく、対象者の目に留まり、内容が伝わり、次の行動へ進みやすい形に整える必要があります。
行動変容を促す案内資材、3つのポイント
講演では、手紙やチラシなどの案内資材を制作する際のポイントとして、次の3点が紹介されました。
1.シンプルにする
文章や情報量を絞り、「読めば分かる」ではなく、「見て分かる」資材を目指します。
具体的には、
- 1行15~20文字程度を意識する
- 掲載する文字数を絞る
- 使用する色を3~5色程度にする
- 色に役割や意味を持たせる
といった方法があります。
資材の目的に応じてテーマカラーを定め、注意や義務感を促したい場合は濃い色、安心感を与えたい場合は爽やかな色を使うなど、色が与える印象も考慮します。
2.義務感を醸成する
対象者に、「これは自分が対応すべき案内だ」と理解してもらうことも重要です。
そのためには、広告や任意のキャンペーンと誤解されないよう、案内の目的や重要性を明確にする必要があります。
また、複数のフォントを混在させず、書体やデザインを統一することで、資材の信頼性や公的な印象を高められます。
3.明確な動作指示を示す
最も重要なポイントとして紹介されたのが、対象者が次に取るべき行動を具体的に示すことです。
どれほど重要な情報を伝えても、「次に何をすればよいのか」が分からなければ、そこで行動は止まってしまいます。
たとえば受診勧奨の場合、単に「医療機関を受診してください」と書くだけでは十分ではありません。
- 医療機関を探す
- 電話やWebで予約する
- 必要なものを準備する
- 実際に受診する
といった一連の動作を分け、分かりやすく伝える必要があります。
資材を見た対象者が迷わず次の一歩へ進めるよう、具体的で明確な動作指示を示すことが、行動変容を促すうえで欠かせません。
行動変容のラストワンマイルを埋めるために
今回のウェビナーを通して示されたのは、健康情報を提供するだけでは十分ではないということです。
遺伝的リスクを可視化することで、本人が自身の健康を「自分ごと」として捉えやすくなる。
さらに、本人の体質に応じた情報を届けることで、運動や食生活を見直すきっかけをつくることができる。
そして、その気づきを実際の行動につなげるためには、案内資材の内容やデザイン、申込みや受診までの動線、結果返却後のフォローまで含めた設計が欠かせません。
リスクを知ること。
自分ごととして理解すること。
次に取るべき行動が分かる形で届けること。
この一連の設計が、保健事業における「行動変容のラストワンマイル」を埋める鍵となります。
当社では、Zene360によるゲノム解析を通じて、一人ひとりの潜在的な健康リスクを可視化し、健康保険組合や医療機関とともに、具体的な予防行動につなげる取り組みを進めています。
