乳がん検診は「一律」から「リスク層別化」へ 〜遺伝子情報等を活用した次世代健診の可能性〜
2026年1月パシフィコ横浜で開催された
日本総合健診医学会のランチョンセミナーにおいて、
弊社Zeneでは、京都大学医学部附属病院教授の片岡正子先生をお招きし、
講演を行っていただきました。
本稿では、
多くの来場者を集めた先生の講演内容
「日本の乳がん検診の現状および今後求められるリスク層別化(個別化)検診」
について、詳しくご紹介していきます。

1. 日本の乳がん検診が抱える構造的課題
① 罹患数は増加、死亡率は横ばいの状況
日本における乳がんの新規罹患数は年間約10万人にのぼり、
生涯罹患率は約10%、すなわち10人に1人が乳がんを経験するとされています。
また、他のがんと比較し、
40〜50代といった比較的若い世代での罹患が多い点も特徴です。

家庭や社会の中心にいる世代が影響を受けやすく、
社会的インパクトは患者数以上に大きいです。
(以下、斜体文字は片岡先生引用)
また、治療成績は向上している一方で、
死亡率は明確な減少に転じていないという課題が示されました。

② 検診のカバー率は約50%にとどまっている
早期発見/治癒につなげるために行われるのが乳がん検診です。
現在の検診対象は、
- 40歳以上
- 2年に1回
- マンモグラフィ
という、年齢基準・一律設計が基本です。
受診率は約半数(50%)にとどまっており、
十分に浸透しているとは言えません。
また、都市部を中心に、人間ドックや職域検診といった任意型検診が混在しており、
「どの検診がどの程度有効なのか」が分かりにくい構造になっている点も指摘されました。

目標は、乳がん死亡率の減少です。
その目標に照らしたとき、
今の検診制度が十分かどうかを考え続ける必要があります。
2. 「one-fits-for-all」検診の限界について
現在の乳がん検診の仕組みは、多くの命を救ってきました。
しかし、直面するのは、
「同じ検診を、同じ頻度で、全員に行う」だけでは限界がある
という現実です。

検診の質というのを考えなければいけないと同時に、
やはり今の検診でなかなかできない部分もある。
重要なのは、
すべての人のリスクが同じではないという点です。
乳がんの発症リスクは個人差が非常に大きいと言われています。
全員が同じ検査を行うことは、
必ずしも効率的・合理的ではありません。
3. リスク層別化検診という考え方
そこで検討されているのが、
「リスク層別化検診」です。
すでに、他のがん(胃がん、子宮頸がん、肺がんなど)でも
取り入れられ始めている考え方です。
基本的な概念
乳がんにおける「リスク層別化検診」とは
個人の乳がんリスクに応じて検診内容を調整するという考え方です。
具体的には…
- ハイリスク群
より精度や頻度を高めた検診(例:造影MRI)を実施。 - ローリスク群
検診間隔や検査方法を最適化する。
主な乳がんリスク因子
- 家族歴
- 病的遺伝子変異(BRCA1/BRCA2 など)
- Polygenic Risk Score(PRS)
- 乳腺濃度などの画像情報
- 生活習慣要因(肥満、飲酒など)
etc.特に、遺伝子検査においてBRCA遺伝子変異を有する方では、
生涯乳がんリスクが45〜65%と、他と比べて高いことが分かっています。

こうした方は、生涯で乳がんを発症する確率が非常に高く、
若い年齢から、より精度の高い検査が必要になります。
リスク因子がわかっていて、
それを信頼できる形で測定できれば、
リスクの高い方に、早期かつ高精度な介入を行うことができるのです。
この「リスク層別化検診」を実現させることにより、
検出効率の向上はもちろん、
不必要な精密検査の抑制、医療資源配分の最適化も期待することができます。

乳がんリスクをスクリーニングする1つの指標です。
<注1>
リスクモデルの遺伝的要因や生活環境による影響は、
国や民族によっても異なります。
現在、日本人女性に適した乳がんリスクモデルを構築するため、
日本乳癌学会を中心に研究が進行中です。
この基盤が整うことで、本格的なリスク層別化検診が可能になります。
<注2>
[Zene360]は、疾患リスクの理解や生活習慣の見直しの参考情報を提供するもので、
医療目的(診断・治療・処方の判断)を意図したサービスではありません。
結果は個別の診断や治療方針を示すものではなく、医師の診断・治療に代わるものではありません。
体調不良や症状がある場合、または受診の要否で迷う場合は、医療機関にご相談ください。
4. 企業健保・職域検診にできること
これまでの25年間、
乳がん検診は「年齢」で一律に区切られてきました。
しかし、この間乳がんのリスク因子については
多くの新たな知見が得られてきました。
海外での動向を見ても、これからの乳がん検診は、
家族歴や遺伝情報、画像情報などを組み合わせて、
個々のリスクに応じた検診設計(=リスク層別化検診)へと移行していく可能性があります。
こうした新しい取り組みを
対策型検診として全国一律に導入することは簡単ではありません。
一方、
職域検診や企業健保が関与する任意型検診は、
税金を使った対策型検診よりも、柔軟な設計が可能です。
そのため、
- 早期からのリスク評価導入
- ハイリスク者への重点的フォロー
- 従業員のヘルスリテラシー向上施策
といった取り組みは、
企業健保が率先して実装できる領域と考えられます。
これらを
先行的に取り入れ、道を切り開いていくことが大切です。
6. 若い世代に正しい情報を伝えていく
最後に先生は、乳がん検診における啓発の重要性を強調し、
講演を締め括りました。

検診の重要性を伝えるには、
40歳になってからでは遅いと感じています。
高校生や大学生のうちから、
正しい知識を持ち、
自分や家族の健康について考える機会を持つことが重要です。
知識があれば、
「怖いから受けない」ではなく、
理解した上で選択することができます。
そのためにも、
私たち医療側が、
早い段階から正しい情報を伝えていく責任があると考えています。
その後の質疑応答では、
啓発のタイミングについても重要な示唆がありました。
40歳になってから突然検診を勧められても、関心が高まりにくいケースは少なくありません。
むしろ、学生や若年層のうちから正しい知識を得ることで、
将来的に自ら判断し、行動できるようになることが重要だと述べられました。
これは、企業健保における
従業員本人および将来の被扶養者を含めた中長期的な健康投資という視点とも一致するのではないでしょうか。
まとめ
今回の片岡先生の講演は、
乳がん検診の方向性として次の点を明確に示していました。
- 検診は「全員一律」から「個別最適」へ
- 年齢基準から、リスク基準へ
- 検査実施から、行動変容を促す設計へ
弊社Zeneが提供するゲノム情報やリスク可視化のアプローチは、
こうした流れと高い親和性を持っています。
私たちは、企業健保の皆さまとともに、
「知ること」から「正しい行動につなげること」へ、
その次の一歩を踏み出していきたいと考えています。
一人ひとりのリスクを正しく理解し、
必要な人に、必要なタイミングで、適切なサポートを届ける。
その積み重ねが、将来の医療負担を軽減し、
より健やかで前向きな未来につながっていくはずです。
乳がん検診のあり方が変わろうとしている今、
明るい未来に向けて、正しい選択と行動をともに考えていくことが、
いま、私たちに求められているのではないでしょうか。

※斜体文字部分は片岡先生の引用。
※その他出典:国立がん研究センターがん研究サービス「がん統計」(厚生労働省人口動態統計)
